祈年祭や神嘗祭、大嘗祭、さらに相嘗祭も字を見た感じだと似通っているような気がしませんか。ここでは新嘗祭との違いを紹介しています。
そもそも新嘗祭って?って人は別記事で紹介しているので参考にしてくださいね。
目次
新嘗祭と祈年祭の違いは?新嘗祭は感謝で祈年祭はお願い?
毎年11月23日の新嘗祭が今年もたくさんのお米が取れたことに対する感謝を伝える収穫祭であるのに対し、祈年祭は「今年もたくさんのお米が取れますように」とお願いする儀式です。
つまり新嘗祭と祈年祭とは対の関係にあるのです。「きねんさい」「としごいのまつり」と読み方をします。
春祭りとも言われる祈年祭、毎年2月17日にあります。もともとは旧暦の2月4日にあったのですが、この日は暦の上では立春です。これが新暦に改暦された明治に17日に日付が変更され、そのまま固定されたのです。
2月と言えば春とはとても思えないまだまだ寒い時期、地域によっては3月や4月に春祭りという名で神事がおこなわれるところもあります。
祈年祭でお願いしたからこそ新嘗祭で収穫の喜びが味わえるというもの、大切な行事です。
稲作が大陸より伝来して以降より始まった、とても長い歴史を持つ行事でもあるのです。今も、宮中を始め全国さまざまな神社で祈年祭は執り行われています。
新嘗祭と神嘗祭の違いは?儀式の場所が伊勢神宮か宮中三殿かの違い?
なので同じと思っている方もいるでしょうが、実は違います。
まず日にちが違う、新嘗祭が11月23日なのに対し神嘗祭は10月17日です。いずれも新米ができる季節、稲作が根付いた日本ならではの行事というわけです。
お米がたっぷりと収穫できたのはお日様がしっかり照ってくれたおかげ、ですからいずれも初穂は天照大御神にお供えされます。
ただ奉納の儀式を伊勢神宮にておこなう神嘗祭とちがい、新嘗祭は宮中三殿となっています。そしてお供え後は天皇陛下が初穂をお目仕上がる、あまり庶民には関係のない宮中での神事というわけです。
ところで、11月23日と言えば勤労感謝の日の方がなじみ深いはずです。実は勤労感謝の日は新嘗祭から変更されたもの、つまり収穫を祝うと共に我々が頑張ったからこそ多くの作物が取れたのだとお互いに感謝するという2つの意味を持つのです。
勤労感謝の日については別記事で紹介していますので興味があれば合わせてご覧ください。
農業に関わる方は少なくなりましたが、自分たちが頑張ってることで日本の繁栄はあるのだと自分にも周りの人にもお礼を言えてこそ本来の過ごし方となります。
新嘗祭と大嘗祭の違いは?内容は同じ?場所が違う?
「だいじょうさい・おおなめさい・おおにえのまつり」など読み方はさまざまですが、毎年のように執り行われる行事というわけではないからです。
普段は新嘗祭のある11月23日、それが天皇が新しく即位して初めておこなう新嘗祭だということであれば、その年は大嘗祭となります。
つまり数十年に1度のこと、天皇ご自身も人生でたった1度しか経験することないのですから知名度が低くて当然です。
五穀豊穣に感謝する祭りである新嘗祭、それとほぼ内容は同じです。ただし新嘗祭が皇居内の宮中三殿であるのに対し、仮設の祭場・大嘗宮でおこなわれるのです。
こちら、祭儀7日前に着工して5日で完成、そして祭儀が終わり次第すぐにも撤去されることとなります。どこにその宮が作られるかは決まっておらず、それぞれの天皇の時代ごとに場所は違っています。
初穂を育当てる斎田も日付も異なる特別な行事、天皇のご即位が決まったら着々と準備が進められます。正に「大」の文字が付くにふさわしい特別な儀式となるのです。
新嘗祭と相嘗祭の違いは?
新嘗祭が毎年11月23日なのに対し、神嘗祭は10月17日・そして相嘗祭は11月の1の卯の日と日にちがそれぞれ異なります。
まずは天皇、そこから下の立場へと進められていくのが本来の形なのであれば日にちに誤りがあるのではと思われても不思議ではないのですが、これは旧暦・新暦のどちらを採用しているかの違いです。
伊勢神宮以外の伊勢のその他の神様たち・そして大きなお社にて初穂が捧げられる相嘗祭は、旧暦であればこれら3つの最後にあるのです。初穂は荷前使により運ばれていきました。
稲には魂が宿るとされていたため、初穂を捧げるという行事は魂を服従させるという意味合いとなります。どれだけ大切な儀式だったかが分かるでしょう。
天皇陛下は神様たちと共に食事をする・つまり初穂をいただきますが、神社などでは捧げるのみで力の差は歴然としていたわけです。
まとめ
台風や日照りなど、今もですが昔はより一層農業に強い影響を及ぼしていました。たくさんの農作物が取れることは奇跡、神様にお願いしそして感謝の気持ちを捧げる行事がいろいろとあったのも当然です。
これらのお祭りを知って、実際に見に行ってみればお米をもっと大切に味わって食べられるかもしれません。
日本は稲作と共に発展していったのです。こういった行事を見ていると、そのことがよく分かります。名前は似ていますがそれぞれに意味がある行事です。