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「七曜」一覧や意味由来は?起源は?いつからあるの?現在までの経緯も紹介!

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「今日は何曜日だっけ…?」私たちの生活には、お仕事、お休み、習い事、ゴミ出しの日まで、「曜日」という考え方が深く根づいています。

カレンダーや手帳に曜日がなく、数字だけの羅列だったら、「お仕事は何日までだっけ?!」「来月の休みはいつ?!」と、ちょっとしたパニックになってしまいますよね。

あると助かる「曜日」ですが、「なぜ水や土?…人間に大切な要素だから?」などと思ったことはありませんか?

大和
大和

ここでは、みなさんの生活にかかせない「七曜」について、一覧とその意味や由来をご紹介したいと思います。

「七曜」って何?読み方や一覧は?天体をさす?海外もある?

いつなのか疑問の男性

わたしたちが何気なく使っている「日月火水木金土」の曜日、この7つを「七曜」と言います。
「七曜」は、「ななよう」ではなく、「しちよう」と読みます。

大安や仏滅などをあらわす「六曜」は比較的知られていますが、七曜とはなんなのか?そもそもなぜこの7つなのか?は、ご存じではない方も多いと思います。

六曜?って人は別記事で六曜を紹介しているのでよかったらあわせてご覧ください。

七曜は「日・月・火・水・木・金・土」7つの天体をさす

七曜とは、皆さんもご存じの「日・月・火・水・木・金・土」のことを言います。

実はこの漢字は、わたしたちの肉眼で見える7つの天体のことをさしており、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星のなどの、星々のことと言われており、これらは「七曜星」と呼ばれることもあります。

七曜の一覧

わたしたちにもなじみのある一週間の曜日は、この七曜で構成されているので、「七曜の一覧表」は、現在みなさんが使用しているカレンダーということになります。

以上が七曜の一覧です。

大和
大和

当然知っていると思いますが、7日ごとの周期で定期的にめぐってきます。

海外でも曜日に天体の名前が入っている

海外でも英語圏、フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、東アジアなどでは、全てではありませんが、曜日に一部、天体の名前が入っているのです。

「七曜」の意味由来は?

意味由来を説明している女性の先生

現代の私たちには、「曜」と聞くと「曜日」くらいしかイメージできないかもしれませんが、本来、「曜」という字には「輝く」という意味があります。

そのため「七曜」は「7つの輝き」、つまり目で見える7つの天体、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星のことを意味しています。

大和
大和

この7つの星々は、毎日の日付に割りふられており、その日の星が「その一日を守護してくれる。」と言われています。

「七曜表」がカレンダーの元になった

7つの星々が元となる7日間を1週間とし、ひと月ごとに七曜で一覧表にしたものが「七曜表」、つまり現代でいうというところのカレンダーというわけです。

また、この7つの天体が、「どこの位置にあるか」を示すための暦のことを、「七曜暦」と言いました。

古代中国が由来

七曜はもともと古代中国に由来しますが、中国では「天上で異変が起きれば、地上でも同じような異変が起きる。」と、天と地をリンクして考えていたため、星の動きを読んで、国を揺るがすような大きな事態を事前に把握しようと考えられたことから生まれたと言われています。

大和
大和

日本の暦では、二十八宿(にじゅうはっしゅく=天体を28に分けたもの)と組み合わせて、吉凶の占いとして使われることもあり、「干支」や「九星」、「六曜」などと並んで、七曜は暦にも記載されていますよ。

「七曜」起源は?記録はいつから?どんな経緯で現代のカレンダーに?

起源やいつからなのかを疑問に思っている女性

七曜の起源はとても古く、2000年ほども前の古代中国と言われています。
大和
大和

「七曜」はいつから記録があって現在のカレンダーまでの経緯はどのような経緯だったのかを紹介しています。

730年聖武天皇の時代には七曜が登場している

七曜は当時は、7つの天体を使った天文学でした。日本に初めて七曜が登場したのは、聖武天皇の時代(730年)のことで、「続日本紀」に、「七曜暦が配られた」という記述が見つかっています。

9世紀に空海が唐から「曜日」を日本に持ち込んだ?

9世紀のはじめのころ、空海が唐から「曜日」を日本に持ち込んだなどとされています。

平安時代「御堂関白記」にも曜日の記載があった

「御堂関白記」には、藤原道長と安倍晴明が、「癸酉(みずのととり)の日曜日に、お堂の土地を探しに出かけた。」などと言う記述も残されています。

このころから「〇曜日」などと呼ばれており、貴族たちに親しまれていたことがうかがえます。ちなみに現代の研究で、癸酉の日は本当に日曜日だったこともわかっているので、信ぴょう性はあると言えるでしょう。

七陽暦は衰退&江戸時代に復活をしている

その後、七陽暦は、知識が大陸から渡ってこなくなったことや、観測技術の精度が低くなってしまったことなどから、日本国内では一度衰退してしまいます。

江戸時代になってようやく、貞享暦(じょうきょうれき=1685年~・はじめて日本人が作った和暦)を作成した渋川春海によって復活したとされています。

大和
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これはのちに海上保安庁が発行した「天体位置表」のもとになったと言われています。

曜日で1週間を区切る制度は明治時代から始まった

曜日で1週間を区切る制度や、現代の私たちになじみのある、四角いマスで構成された西洋風のカレンダーは、明治時代ころから始まります。

現在のカレンダーの形は戦後から一般化

今では一般的な、アラビア数字で日曜日スタートのカレンダーは、戦後になってようやく普及したと言われています。

まとめ

いかがでしたか?カレンダーやスケジュール帳で、毎日と言っていいほど目に入る「七曜」にはどんな意味があるか、おわかりいただけましたか?

この7つの曜日は、天体の歴史と大きな関係があり、日本人はとても長く親しんできたことがわかりました。現代の私たちには、あまりにも常識となっている「日月火水木金土」の曜日ですが、平安時代の貴族たちや、あの藤原道長や安倍晴明たちも、同じように使っていたと考えると、なんだか少しワクワクしてしまいますよね。

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